伊良()崎 初日の出〜豊川稲荷〜熱田神宮 初詣

2015年1月1日


同じ鳥羽フェリーの対向船

  恒例の初日の出ツアー、今年は未だ行った事のない渥美半島から太平洋に上る太陽を拝みに行く。伊勢からフェリーが有ったはずだと調べると航路廃止の危機にあるものの、自治体の資金投入で辛うじて営業を続けているそうな。さらに伊良湖から知多半島に渡って熱田神宮に参って帰ろうと企んだが、残念ながらこっちのフェリーは昨年2014年9月末で運行廃止になっていた。

  週間天気予報では大晦日〜元日の名古屋に雪だるまが。まさか渥美半島に雪なんて想像もしなかったが、12月にも早すぎる寒波が襲ってきてたからね。30日は海上に暴風警報も出てて、欠航もあるかも。新名神に入ってから伊勢湾フェリーに電話すると、平常運行という答えで第一関門突破。
  鳥羽港に絶妙過ぎるタイミングで到着してしまった。係員のまだ乗れるよという言葉に乗せられて、エスカレータを駆け上って2分で乗船手続きを済まして乗ってしまった。果たして良かったのか?ターミナル近辺で小一時間散策できるかなと予想していただけに。


野生のイルカに出会えた 動画 YouTube
  フェリーには小型車ならまだ10台近くの空きがあった。客室は2層階で330円を払って見晴らしのいい上階へ。買ったばかりの一眼レフですれ違う船や島をバシャバシャやってから船室で座ってると、船内アナウンス。「イルカの群れが右手前方に見えます」大慌てでデッキに出る。いるいる。カメラを構えたが、望遠レンズに付け替えてたので被写体を捉えにくい。あたふたと姿を追ってるうちに船底を潜って左舷の方へ泳いでいってしまった。一瞬の感動でした。


大アサリの醤油焼きとフライ定食

  旅ではその地の美味なものに出会うのも楽しみのひとつ。渥美半島にはどんぶり街道というのがあって、ご当地料理が食べられる。しかし大晦日や正月は閉まってることも多い。伊良湖港の近くのお店で渥美名物、大アサリを食す。醤油焼きはちょっと味付が濃過ぎ。ボリュームはたっぷりだ。後で他のものを注文すべきだったことがわかった。大アサリは余りに王道で宿の夕食にも出てきた。


芭蕉句碑


杜国を供養する潮音寺


この坂を下りると「椰子の実」の歌碑がある

  さて下調べした芭蕉翁関連。国道259号沿いに句碑
    鷹ひとつ 見つけてうれし 伊良虞崎
  貞享4年(1687)10月芭蕉は故郷 伊賀上野へ母の墓参りを兼ねた上方への旅をする。いわゆる「笈の小文」の旅である。その途中、弟子の杜国を見舞って伊良湖に立ち寄ったときに読んだ句。
  伊良湖は鷹の渡り中継地として知られている。9月から10月にかけて南に渡る鷹の大群が見られるらしいが、春の季節のことは情報がない。北上時は群れでなく三々五々に行くのかしらん。岬には忌まわしい風力発電風車がいくつか目に付いた。再生エネルギーの有力装置なのだが、カラスは賢いので事故を回避するが、鷹などの渡り鳥はよくこのプロペラの餌食になる。
  杜国は名古屋の米穀商で、米の空取引(商品先物取引だろうか)をしたとして罪に問われ居住地を追放され伊良湖に隠棲していた。芭蕉は杜国を大層気に入っていたようで、前の野ざらし紀行の旅でも別れ際に句を贈っている。この後伊勢で再び合流して吉野へ同行することになる。句碑の他に杜国の墓碑のある潮音寺、杜国の侘び住まい跡も見る。
  田原市の中心街を通り、三河田原駅で停車、田原城址も見物。田原城は1480年頃の築城で海や水堀に囲まれた形から巴城とも云ったらしい。今も巴神社が残る。因みに巴は雷さまのトレードマークである。
  万葉集所収の麻績王(おみのおおきみ)の歌の碑は岬に続く恋路ヶ浜に建つ。
        うつせみの 命を惜しみ 浪にぬれ 伊良虞の島の 玉藻刈り()
  麻績王は謀反ありとして天武に伊勢の国伊良虞に流罪にされた人。当時は伊良湖水道を挟んだこの地も伊勢の国だったんですね。この歌の前に読み人知らずの歌
        打麻(うつそ)を 麻績王 白水郎(あま)(=海人)なれや 伊良虞の島の 珠藻刈ります
  の返答歌として詠んだとある。「打麻を」は麻績王にかかる枕詞で、又「どのように生きていかれますか」の意になると。白水郎は水練潜水の上手即ち海人のこと。(訳)おみのおおきみは漁師なのでしょうか! 伊良湖の島で美しい海草を刈り採っていらっしゃいます。
  また島崎藤村が作詞の「椰子の実」の歌碑も近くの海岸にあるが、道路から随分と下りて行かないとならないので止めた。

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ご馳走満載の夕食
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一番の名産大アサリ
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恋路ヶ浜から初日の出
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お雑煮付き朝食

  夜は強風で風の音が凄くて寝もやらずという状態。夜明け方 雨が降る様子も無く雲間から陽が覗けるかも。眠気まなこを擦りながら宿から歩いて10分程の恋路ヶ浜へ出向く。水平線には雲が垂れ込めてるが、日の出時刻に水平線が赤くなり雲の下の僅かの隙間から太陽の一部が現れました。5分後には上部の雲の中に隠れてしまいました。とりあえず初日の出を拝めたことにしましょう。


豊川稲荷本堂


熱田神宮本殿

  全国に名を馳せる熱田神宮への道程にこれまた名の知れた豊川稲荷がありました。一度に2つも初詣が出来るとはなんとラッキーな歳です。しかし待てよ、豊川稲荷と云うも稲荷「神社」ではなくここはお寺です。正式名は豐川閣妙嚴寺です。どうして稲荷の名が付いたのでしょう。詳しいことは長くなるので適当にうっちゃって、居並ぶ参拝客の最後尾に並ぶのも億劫でお参りもせず、境内散策と屋台で買物のみ。罰当たりめ! 謂われはどうあれ商魂は逞しく門前商店街には「いなり寿司」の店が軒を並べてました。

  熱田神宮への駐車場をあちこち探しておいたのですが、収容台数が450台と多い名鉄神宮駅前PAなら待ち時間も少なく停められるだろうとそこへ直行。行列は無かったものの臨時看板に正月の特別駐車料金が1500円/90分と。普段は150円/30分です。やりたい放題のぼったくりだ。前もって調べが付いてたら他を選んだでしょう。旅館ホテルでも2倍にするところは見たことがありません。GPSを検証してみると散策は55分でした。M社ともあろう大企業がやることか、という感想です。一流企業の枠からは外しときます。周辺のコインパーキングはどうしてるんでしょう。やっぱりプログラムを入れ替え正月料金でぼったくってるのでしょうか。豊川稲荷では時間制限なしで一律500円と納得の価格設定でした。


名古屋城。金の鯱が輝いてます

  熱田神宮では雪が降ってきて、傘なしでは歩けません。風情のある絵にはなりそう。お参りを済ますと雪もやんで穏やかな天気。早々に帰路に着こうという思いに緩みができ、名古屋城も見てみたい思いに駆られ足を伸ばしました。名古屋城公園は正月休み。お堀の外からお城を眺めるだけ。金のしゃちほこの周りを十羽ほどのカラスかユリカモメかもしれませんが舞ってました。観光バスが止まって大勢の中国人がどやどやと降りてきて、あっという間に去っていきました。忙しないツアーだ。

  帰路の高速道、四日市を越えたあたりで交通情報ラジオを聞くと新名神は渋滞が3ヶ所ある。雪も舞ってきた。さぁどうしよう。予定通り新名神か名阪にするか。悩んでるうちに亀山JCTにきてしまった。わからん。真っ直ぐ通過!名阪方面へ。そのすぐ先亀山PAで休憩。このPAはスマートインターチェンジと言って高速道から抜けられます。ナビの地図を確かめると関JCTで名阪と重なってるから本線に戻ってさらに進む。やがてJCTの位置だが分岐がなく伊勢道に入ってしまった。このジャンクション、名阪と伊勢道との合流場所なのだが下りの場合だけは接道がない。名阪に行きたければ前の亀山ICで下りなければならないという欠陥ジャンクションなのだ。亀山IC 亀山JCT 亀山PA なにやらややっこしいなぁ。伊勢道をICひとつ分余計に走って約15分14Kmのロス。

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この場所でチェーン装着
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数人で押して脇に避けてます
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所々で立ち往生した車
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伊賀SAで万が一に備えGAS補給

  漸く名阪国道に入ってすぐに渋滞。道路に雪が積もり始め終に停滞。チェーンを巻くタイミングを計ってずっと先まで動きそうもないので車線上で作業開始。左後輪は3分足らずで完了。少し前に進んでもう片方を巻くのにうまく行かず焦る。手を擦り傷だらけにして20分も掛かってやっと巻き終わったときには前が100m程も空いてしまっていた。その間5台もの車に割り込ませてしまって後続の方にはご迷惑をお掛けしてしまいました。4年前舞鶴では長女が片側をほぼ巻いて呉れたので数分で済ませられたから今回も同様に考えていたが、準備不足を反省しきりです。

  完全にストップしてしまったときは、テレビのニュースの絵を思い出し、このまま夜を明かすことになったら、先ずガソリンが持つのかと血の気が引いた。幸い立ち往生の車を掻き分けながらもノロノロでもなんとか進むことができ無事午前0時過ぎに帰宅と相成りました。次の日のニュースでは反対車線が大変なことになってた。

  教訓:予想は悪い方に考え早めに予防しよう。今回は名古屋城を止めて帰路に着けば何事も無かったかも。

  後日アイドリング燃料消費量を調べたところ3.5Lエンジンなら一時間当たり3L程を見込んでおけばいいようだ。エコカーならもっと少ないかもしれないけど、なんせ燃費の悪さは身に沁みてるので、こんなところなら大丈夫かな。10時間も閉じ込められたら30L、満タン70Lの約半分。いやはや緊急事態には対応しがたい車です。

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